大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 平成5年(行ツ)78号 判決 1993年10月28日

東京都国分寺市本多三丁目二二番二五号

上告人

篠田博

文京区白山一丁目二四番七号

上告人

篠田肇

仙台市泉区高森六丁目三三番一号

上告人

山内和子

東京都文京区白山一丁目二四番一五号

上告人

篠田務

右四名訴訟代理人弁護士

板東司郎

板東規子

池田紳

石田香苗

東京都文京区春日一丁目四番五号

被上告人

小石川税務署長 武田伸策

右指定代理人

加藤正一

右当事者間の東京高等裁判所平成四年(行コ)第三三号相続税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が平成五年一月二六日言い渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人板東司郎、同板東規子、同池田紳、同石田香苗の上告理由第一について

原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第二について

原審の適法に確定した事実関係の下において、本件マンションの相続税法二二条にいう時価がその購入価額であるとし、本件各更正等に違法はないとした原審の判断は、正当として是認することができる。また、本件各更正等が憲法一四条に違反するものでないことは、最高裁昭和五五年行ツ第一五号同六〇年三月二七日大法廷判決・民集三九巻二号二四七頁の趣旨に徴して明らかである。その余の論旨は、違憲をいうが、その実質は、独自の見解に立って原審の右判断における法令の解釈適用の誤りをいうものにすぎず、原判決に所論の違法はない。論旨はいずれも採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大白勝 裁判官 大堀誠一 裁判官 味村治 裁判官 小野幹雄)

(平成五年(行ツ)第七八号 上告人 篠田博 外三名)

上告代理人板東司郎、同板東規子、同池田紳、同石田香苗の上告理由

第一、理由不備の違法

一、原審において、上告人らは、「評価通達によらないことが相当と認められる特別の事情」なる概念が非常に曖昧であるうえ、本件において、特に右「特別の事情」があるとすべき、実質的な理由は存しないこと、租税特別措置法改正法に遡及効を認めた結果となる本件更正は違法であること、大蔵省主税局長の国会答弁によると、相続税の税額が九割ぐらい違うというケースがかなり見られたというのであり、不動産の実際の取引価額と評価通達による評価額との間に開きがあることにより、結果的に税額が軽減されたケースが多々存在するにもかかわらず、ひとり本件のみが他と異なる取扱いを受けるのは租税の公平負担の原則を害すること、等を主張したが、原判決を精査しても、上告人らの右主張に対する応答は見当たらない。すなわち、原判決は、上告人らの右主張が認められないとする理由を示さないまま、上告人らの控訴を棄却したものである。

二、右は、明らかに民事訴訟法第三九五条第一項第六号の理由不備の違法に該当するものである。

第二、憲法違背の主張

一、憲法第三〇条および同第八四条違反の主張

法治主義の下においては、租税の賦課は必ず法律の根拠に基づかなければならない。この原則を定めたのが日本国憲法第三〇条および同第八四条であることは、言うを俟たない。ところで、「相続財産評価に関する基本通達」(以下単に「評価通達」という)によれば、相続財産たる土地の評価について、通常の取引価格よりも低い、いわゆる「路線価」により一律に評価することとされ、右評価通達は、その制定以来長期にわたって不特定多数の納税者に対して反復継続して適用され、国民の間に定着しているのである。

今日では、租税は、国民の経済生活のあらゆる局面に関係をもっており、何人も将来発生する納税義務を考慮することなしには、いかなる経済的意思決定をもなしえない。

したがって、国民は、右評価通達が適用されることを信頼して経済活動を行なっているのであるから、その信頼が法的に保護されるべきことは当然である。

また、右通達は、前記のように長期にわたって不特定多数の納税者に対して反復継続して適用され、国民一般の間においては一つの規範として定着するに至っており、既に慣習法たる行政先例法として確立したものと言うべきである。

昭和六三年法律第一〇九号により租税特別措置法が改正され、相続開始前三年以内に取得した土地等については、取得価額を課税価格とするものと定められたことは、右評価通達が行政先例法として確立したことを裏付けるものである。なぜなら、右改正法は、実質的に、不動産の実際の取引価額と評価通達による評価額との間に開きがあることに着目して不動産を取得する事例が多いことに対する対抗措置として設けられたものであり、対抗措置が法律の形式をもって規定されたこと自体、右通達が行政先例法として確立していることを認めたものだからである。

仮に、原判決が判示するように、「特別な事情」がある場合には、評価通達によらないで評価することができると解する場合、いかなる場合に、評価通達による方法以外の方法によった評価が行なわれるべきこととなるのかが全く不明確であり、法的安定性や納税者にとっての予測可能性を害し、課税庁の恣意的課税を許す結果となる。

更に、右「特別な事情」の有無の判断に当たっては、そもそも純粋に客観的であるべき相続財産の評価について、当該不動産の取得の動機、目的等といった主観的要素を斟酌する結果となり、このような不明確な要件のもとに相続財産の評価の方法の変更を認めることは、租税法律主義の立場からしても、到底許されないところである。

原判決は、右評価通達中に「通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する」との定めがあることを根拠に、評価通達によらずして評価することが許される旨判示するが、右規定は、土地の路線価が実際の取引価格を上回ったときなど、評価通達をそのまま適用すると納税者に酷となる場合を想定して定められたものであることは、右に述べたところから明らかである。すなわち、納税者としては、右通達に定める方式により課税されることを予測して経済活動を決定しているのであるから、その予測に反して重税を課される結果となれば、不測の損害を蒙る結果となるからである。

よって、基本通達によらずして評価することが許容されるとする原判決が憲法の要請する租税法律主義に反することは明らかである。

二、憲法第三九条違反の主張

過去の事実や取引から生ずる納税義務の内容を、事後的に変更することは、憲法第八四条のみならず、憲法第三九条の法理に照らしても許されないと言うべきである。憲法第三九条は、刑罰法規の不遡及を定める規定であるが、右の理は、行政法規、なかんずく租税法規についても原則として妥当すべきであることは、学説上も明らかである。(杉村敏正、行政法講義総論上三三-三四頁、田中二郎、新版租税法七九頁)。本件の場合、昭和六三年法律第一〇九号による租税特別措置法の改正以前においては、相続財産たる土地の評価に当たって、「被相続人の意思に基づかずして購入された土地」または「購入した土地の引渡が終わっていない場合」以外は、評価通達により評価されていたのである。

しかして、右租税特別措置法の改正によって、右二つの場合に当たらないケースであっても、相続開始前三年以内に取得された不動産については、一律、取得価額をもって評価する特例が設けられた。

右特例は、昭和六二年一二月三一日以降に開始した相続に適用されるものであって、本件相続に適用はない。

しかるに、原判決は、「特例の制定以前においても、相続財産の評価について、評価通達によらないことが相当と認められるような特別の事情がある場合には、他の合理的な方式によることが相続税法二二条のもとで許されているものと解すべきである」として、結果的に、本件に特例を適用しているのである。しかして、遡及効を認めたと同様の結果を招いたことにつき、何ら言及していない。

憲法第三九条の法理に照らせば、立法により遡及効を生じさせることも許されないと考えられ、その立場に立つ下級審判例も存する(名古屋高裁昭和五五年九月一六日判決、行裁例集三一巻九号一八二五頁)。

しかるに、原判決は、特例自体が遡及効を予定していないにもかかわらず、解釈によって、遡及効を認めたと同じ結果を招いているものであり、二重の意味で許されないものである。

三、憲法第一四条違反の主張

既に述べたとおり、相続財産たる土地の評価につき、基本通達により評価する方式は、広く国民に定着していたものである。しかるに、本件土地についてのみ、評価通達による水準より高い水準によってその評価を行うことになれば、憲法第一四条一項の定める法の下の平等の精神にも反する結果となる。ことに、上告人らが原審において述べているように、大蔵省主税局長の、前記特別措置法の審議における国会答弁における「…こうした制度の御提案に当りましては、…いろいろサンプル調査、実態調査もいたしたところで…相続税の税額が九割ぐらい違うというケースがかなり見られたところでございますので、ぜひこうした是正措置を盛り込んだものを実現させていただければと考えているところでございます」(甲第一三号証五頁参照)との発言に照らせば、多数のケースにおいて、本件と同様の、もしくは本件よりもっと極端な課税価格の圧縮があったことが窺われる。それにもかかわらず、ひとり本件のみが更正されることが、租税負担の公平の原則を害することは明らかである。

この点においても、原判決の憲法違反は明らかである。

第三、むすび

以上の次第で原判決を破棄し、相当の判決を下されるよう求めるものである。

以上

(添付書類省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例